新着日記 もっと見る
-
手のりインドぞう (57)
鳥取県 / 肺がん / ステージ4
あさがお通信再開
サイコオンコロジー学会に参加して、久しぶりお会いした人、初めてお会いする人 いっぱい素敵なつながりに楽しい時間を過ごしました♪ 5月にあさがお通信を発行してから 発行できていませんでした。皆さんには、お待たせしましたが、やっと『あさがお通信』を発行することができました! 構成などを担当していた人が退職してストップしていました。発行しないことで、私の体調を心配した方もありました。 記事などは、今まで通り みんなの協力により、私は全体の構成をがんばってみました! 毎月の発行は難しいですが、継続してがんばります🤗 自分自身の体験を記事にしていただける方がありましたら、募集します❗️ ご連絡ください🤗
2026年11月05日2
-
いも。 (59)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2
コラボイベントin愛媛
文化の日3日に愛媛県に行ってきました。 穏やかな秋晴れの日 松山市にある町なかサロンにて おれんじの会×キャンサーペアレンツ お話する機会をいただきました。 治療、生活、子育て いまの私になるまでの話😀 帰りは愛媛グルメ🤤 楽しい1日になりました🎵
2026年11月04日3
10
-
ゆうママ (41)
埼玉県 / ホジキンリンパ腫 / ステージ3
リンパ腫の2年は節目であり第一目標地点
私が患った悪性リンパ腫(型はグレーゾーンリンパ腫)は、寛解後2年以内の再発が多く、しばらくは2年の節目を目標に過ごしていました。 体調に変化があると再発じゃないか?と不安になり、2ヶ月毎の受診のたびに血の気が引くような緊張。 私の生活は悪性リンパ腫に支配されていて、何をするにも頭をよぎるし寝ていても夢に出てくるのは入院中の自分。 当たり前に過ぎていき訪れると思っていた日常、人生がガラッと変わってしまい、30代で1ヶ月先のことが考えられなくなりました。 当時娘は小4、息子は小1に進級する年齢でした。 告知から2年半、寛解後2年。 オールクリア、経過観察継続です! 娘は小6、口を開けば『ガチで、エグっ、ヤバっ、ウザっ』しっかり反抗期炸裂中です! でも毎朝パパにおにぎりを作って持たせてくれています😊 息子は小3、外出すれば手を繋いでくるしテレビを見るときはスッと膝に座ってくる。 いつまで手を繋いで膝に座るのよ?と聞いてみました。 曇りのない真っ直ぐな目で、『え?いつまでって、ずっとだよ🙂なんで?』だそう。 夫は私の治療が終わったころ、激務の部署へ異動。体壊すんじゃないか?と思うほど働き詰めだけど、節目の検査の時は休みを取って付き添ってくれる頼れるやつです。 2年半前、本当につらく、どん底まで落ちて、怖くて苦しくて孤独でどうしようもありませんでした。 逃げ出したくて、何度も挫けて、誰にもわかってもらえないと思ってました。 少しだけ先のことを考えたり、今を楽しむ力が戻ってきました。 3年目もコツコツと、穏やかに。
2026年10月28日12
-
いも。 (59)
徳島県 / 卵巣がん / ステージ2
娘のこと
娘が先日2度目のヘアドネーションをしてくれました。 今日、職場の先輩ががん罹患してしばらく休職すると報告したらしい。 周りは涙する人もいるらしかった。 娘は聞いたことあるなーと。 卵巣や膀胱。母さんと一緒だなーって感じたそうで。 経験値。冷淡なやつと思われていませんように。 どうか元気に復帰できますように。 休んでいる間の代役に娘が配属されるかも? 頑張れ、娘!
2026年10月27日2
18
公開制限のない情報のみ表示しています。会員登録すると会員限定公開の情報もご覧いただけます。
35歳でのがん告知、最後の仕事
闘病中に感じた孤独感
2015年2月、35歳のときに「ステージ4のがん」の告知を受けました。頭が真っ白になり、何も考えることができませんでした。家族や友人、職場の同僚などの支えで日常生活に戻ったものの、大きな孤独感を抱えながら、手探りの日々でした。
同世代のがん体験者が周囲にいなかった。相談できる人がいなかった。しかし、小さなお子さんを持つがん患者が毎年約6万人(2015年国立がん研究センター調べ)増え続けている事実を目の当たりにし、「孤独を感じながら闘病しているのは、自分だけではないはず」と、子どもをもつがん患者でつながれる「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げました。
現在も、週に一度の通院による抗がん剤治療を続けながら、会社ではたらきながら、キャンサーペアレンツの活動を平行して進めています。いつどうなるかわからない状況の中、最後の仕事と位置づけて取り組んでいます。
キャンサーペアレンツ起案者
西口洋平(ぐっち) 2016年4月